今年のゴールデンウイーク、TVなどでは盛んに「オーバーツーリズム」に関するニュースが取り上げられていました。訪日外国人観光客が多過ぎてメジャーな観光地である京都では、バス等交通機関のインフラに影響が出て地元の地域住民が迷惑しているといった内容のニュースだったかと思います。
本当に日本はオーバーツーリズムに直面しているのでしょうか?そして、多言語化対応はどのような役割を果たすのでしょうか?
日本は本当にオーバーツーリズムなのか!?
観光立国を目指し、コロナ禍前の2016年に日本政府が日本再興戦略において、訪日客数を2020年に4,000万人(年)、2030年に6,000万人(年)に引上げるという目標を掲げていました。しかしコロナの影響もあって、下記のように2020年~23年の期間に訪日観光客数は激減、コロナ禍がおさまった2023年にようやく再び増えはじめて来たという状況です。
そして、2024年現在は円安の影響も受けて、日本政府観光局(JNTO)の発表によれば、3月に単月として初めて300万人を超える訪日外客数となったようです。
日本政府観光局(JNTO)
https://www.brasilnippou.com/2022/220118-21colonia.html
訪日外客数(2024年3月推計値)
3月:3,081,600人、単月として初めて300万人を超える
確かに、3月に単月300万人であれば、単純に計算しても2024年は年間で3500万人は超えることが予想されます。そうであればコロナ以前に最も多かった2019年を超え過去最高の外国人旅行者数ということになります。
しかし上述のように2016年の時点で政府は 2030年に年6,000万人という目標を掲げており、2024年の予想値を参考にしても、これから2030年までにさらに現在の約倍近い訪日外客数になる可能性があります。
京都はオーバーツーリズムなのか?
以下は世界の有名な観光地における「外国人観光客数」と「地元住民の人数」を調べたものになります。(外国人観光客数は年間の訪問者数、地元住民の人数は直近の人口統計データに基づいています。)
パリ(フランス)
- 外国人観光客数: 約1,900万人/年
- 地元住民の人数: 約220万人
ローマ(イタリア)
- 外国人観光客数: 約900万人/年
- 地元住民の人数: 約290万人
ニューヨーク(アメリカ)
- 外国人観光客数: 約1,300万人/年
- 地元住民の人数: 約840万人
東京(日本)
- 外国人観光客数: 約1,500万人/年
- 地元住民の人数: 約1,400万人(東京都全体)
バリ(インドネシア)
- 外国人観光客数: 約630万人/年
- 地元住民の人数: 約440万人(バリ州全体)
バルセロナ(スペイン)
- 外国人観光客数: 約8,000万人/年(スペイン全体の観光客数からの推定)
- 地元住民の人数: 約160万人
イスタンブール(トルコ)
- 外国人観光客数: 約1,300万人/年
- 地元住民の人数: 約1,550万人
バンコク(タイ)
- 外国人観光客数: 約2,200万人/年
- 地元住民の人数: 約1,050万人
シドニー(オーストラリア)
- 外国人観光客数: 約400万人/年
- 地元住民の人数: 約530万人
ロンドン(イギリス)
- 外国人観光客数: 約2,000万人/年
- 地元住民の人数: 約890万人
ドバイ(アラブ首長国連邦)
- 外国人観光客数: 約1,700万人/年
- 地元住民の人数: 約330万人
京都(日本)
- 外国人観光客数: 約300万人/年
- 地元住民の人数: 約145万人
京都では「地元住民数」に対して「外国人観光客数」が約2倍となっています。もともと人口数が多い東京で 「地元住民数」 と 「外国人観光客数」がほぼ同数。パリやバルセロナといったヨーロッパの人気観光地は約10倍以上となっています。
この数字をどう捉えるかは難しいところですが、観光客数と住民数を比較しても多過ぎるわけではないように思えます。外国人観光客の増加もその一因ではあるのでしょうが、それ単独の要因ではなく、複数の要因が重なった結果ではないかと考えられます。
以下に「オーバーツーリズム」を引き起こす原因になっているのではないかと思われる要因をあげてみました。
- 国内観光客の増加:円安の影響で海外旅行よりも日本国内での観光人気が高まり、京都への国内観光客も増加している。特に週末や休日には、近隣の都市や地域から多くの日帰り客が訪れる。
- 観光インフラの整備不足:京都市内の観光地や交通機関のインフラが、急激な観光客の増加に対応しきれていないことが問題となっている。大型観光バスが観光客を大量に運び込むことで、観光地周辺の交通渋滞や混雑が悪化し、地元住民の生活に影響を及ぼしている。
- 地域の持続可能な観光開発の不足:オーバーツーリズムを軽減するためには、地域全体で持続可能な観光開発を促進する必要がある。しかし、地域の住民や観光業者、行政機関の協力不足が、地域の持続可能な観光開発を阻害している。
今回はゴールデンウイークということもあり、ただでさえ増加していた訪日外国人観光客に加え、円安で海外旅行よりも日本国内での観光を選んだ日本人観光客が加わり、問題が生じてしまったのではないでしょうか。
いずれにしても日本政府は2016年時点で年6,000万人の目標を掲げていた訳ですから、地元住民のためにも外国人観光客の増加数を前提とした観光インフラの整備に力を入れて欲しいところです。
日本の観光地の多様化・分散化
インバウンドのニュースでは京都のような世界でも有名な観光地が注目されがちですが、一方では外国人が訪れる日本の観光地が多様化、分散化しているという動きも見られます。
訪日外国人旅行者が増えて、その中から日本のリピーターも増えて来ました。二度目三度目と日本を訪れる外国人観光客たちは前回自分が観光した場所ではない、まだ訪れていない新たな日本の魅力を発見したいと思っています。そこで京都や浅草のようなメジャーな観光スポットはあえて外して、自国でネットを見て、または口コミを聞いて自分が興味を持った場所をメモしておき、再度日本を訪れた際に行ってみるという人たちです。
日本人からすれば初回もリピーターも一様に外国人観光客と見えてしまいがちですが、その質は変わって来ており、観光地の多様化が進んでおり、それに伴い分散化がされていくのではないかと期待されます。
そういう意味で、まだ海外に魅力を十分に伝えられていない観光地というのは、まだまだこれから勝機があるのではないでしょうか。
日本人からすれば当たり前に思える日常、景色でも外国人観光からすれば非常に魅力的に見えるものです。改めて自分たちの地域の魅力について見直して、海外への情報発信に力を入れて欲しいところです。
熊野古道の成功例
他サイトの記事とはなりますが、そうした事例を取り上げている記事がありますので、下記に紹介しておきます。
観光客を35倍にした熊野古道の完璧なコンテンツマーケティング
https://lucy.ne.jp/bazubu/kumanokodo-37245.html
外国人観光客にとって決してメジャーな観光スポットではなかった熊野古道は、気軽に観光できるスポットというよりも3時間超の道のりを歩いてはじめてその魅力が分かるという体験型の観光地でしたが、もっとじっくりと日本を体感したいという外国人観光客に向けて地道にコンテンツマーケティングを行い、成功を収めたという事例になります。
さらにその魅力は口コミで外国人観光客たちの間に広まり、京都を訪れたついでに熊野古道に立ち寄る人たちも増えているそうです。
熊野古道が訪日外国人観光客の集客に成功した要素をいくつかあげてみます。
- インターナショナル・マーケティング:例えば、英語をはじめ多言語での案内やガイドブック、WEBサイトが整備されており、海外の観光市場に積極的にアピールできている。
- イベントとツアーの開催:海外からの観光客向けの特別ツアーやイベントが定期的に開催され、観光客の興味を引く取り組みが行われている。
- 交通アクセスの改善:新宮市や田辺市などのアクセス拠点から熊野古道への交通手段が整備されており、訪問者が容易に訪れることができるようになっている。
また、熊野古道のように訪日外国人観光客の集客している地方の観光地はいくつもあります。
外国人観光客の集客に成功している地方の観光地
- 金沢県:兼六園、ひがし茶屋街
- 岐阜県:高山、白川郷
- 富山県:立山黒部アルペンルート(雪の壁等)
- 石川県:和倉温泉
- 愛媛県:道後温泉
- 徳島県:鳴門の渦潮
- 広島県:宮島・厳島神社、原爆ドームと平和記念公園
- 長崎県:グラバー園、長崎平和公園
- 熊本県:熊本城(現在復旧作業中)、阿蘇山
まだまだ他にもありますが、日本人が国内旅行の候補先にあえるような観光地は外国人観光客にも人気があるようです。
また、熊野古道と同様に歴史的・文化的なハイキング・トレッキングの観光地として訪日外国人観光客の集客に成功している例には以下のようなものがあります。
ハイキング・トレッキングの観光地として外国人観光客の集客に成功している例
- 四国遍路(四国八十八か所巡り):多言語対応の案内板やガイドブックが整備されており、外国人観光客も安心して巡礼を行うことが出来る。
- 中山道・木曽路(長野県・岐阜県):東京や名古屋からのアクセスが良好で、観光客が訪れやすい環境が整っている。
- 奥の細道(東北地方):多言語対応の案内やガイドが整備されており、海外からの観光客が安心して訪れることができる。
- 富士登山:日本の象徴として知られ、2013年にユネスコ世界文化遺産に登録されたことで、その知名度が一層高まった。
これらの観光地は、熊野古道と同様に、歴史的、文化的な価値が高く、自然の美しさと相まって外国人観光客に人気があるようです。また、各地の特色や魅力を活かし、多言語対応や交通アクセスの改善などを行うことで、訪日外国人観光客の集客に成功しています。
体験型観光
日本のリピーターが増えたことで訪日外国人の観光スタイルも、熊野古道の成功例のような単なる観光だけではなくもっと深く日本を体験するアクティビティ型の観光という新たなフェーズに突入したのかもしれません。
体験型観光の一番分かりやすい例としては、北海道のニセコがあげられます。北海道のニセコを訪れる外国人観光客たちのほとんどは観光をするためではなく、パウダースノーでスキーをするためにやって来ています。さらにスキー以外でのアクティビティも以下のように多数用意されており、訪問客が長期滞在を楽しめるようになっています。
ニセコで外国人観光客にも人気のアクティビティ
- スキー・スノーボード
- バックカントリーツアー(ゲレンデ外の自然な山岳地帯を滑るツアー)
- スノーシュー(雪上散策)
- 温泉
- ラフティング(川下り)
- サイクリング
- ハイキング
- ゴルフ
- グルメ体験
- ファームステイ・農業体験
- ホーストレッキング(乗馬)
そもそも、欧米の休暇期間は長く(1か月前後あり)、日本に訪れる外国人も長期滞在という方も多く、その間に北から南まで広く移動するケースが多々あります。そこで単なる観光名所だけを回っただけですぐ他に移動されてしまうよりも、アクティビティ型の体験を通じて地域の魅力を存分に味わってもらい、またリピートしてもらう。つまり、その地域のファンを育成し、顧客を囲い込む。北海道のニセコはそんな体験型観光の成功例とも言えるでしょう。
そう考えると「日本でキャンプをする」「日本で釣りをする」「日本で伝統工芸品づくりを体験する」等々、いろいろありそうです。確かに自国でもできそうなことではありますが、それを非日常である旅先の異国で体験するというのは、それだけで充分特別なエクスペリエンスとなり得ることでしょう。
体験型観光でニセコ以外にも訪日外国人に人気があるスポットには、以下があげられます。
体験型観光として外国人観光客に人気の地域
- 白馬(長野県):スキー・スノーボード、サイクリング・ハイキング
- 富良野・美瑛(北海道):スキー・スノーボード、サイクリング・ハイキング
- 沖縄:ダイビング・シュノーケリング、ビーチリゾート、沖縄の伝統的な音楽や舞踊を体験できるプログラム
また、ニセコの例とは異なりますが、以下のような体験型観光というのもあり、すでに訪日外国人に人気があるようです。
その他、体験型観光の例
- 茶道体験 (京都、東京)
- 忍者体験 (東京、大阪)
- 相撲観戦・相撲体験 (東京、名古屋、大阪)
- 着物レンタルと散策 (京都、奈良、東京)
- 和菓子作り体験 (京都、金沢)
- 城下町散策とサムライ体験 (姫路、金沢)
- 地元の漁村での漁業体験 (北海道、三重県)
海外観光市場への積極的なアピール
訪日外国人観光客の集客に成功しているいずれの観光地も、インターナショナル・マーケティングに力を入れ、観光インフラを整備している様相が伺えます。英語をはじめとした多言語でのWEBサイトやSNSでの情報発信、多言語での案内やガイドブックなども整備されており、海外の観光市場に積極的にアピールができています。
日本各地の観光地が環境インフラである多言語対応を行い、多言語での情報発信をもっと活発化させることで訪日外国人観光客の多様化につながり、観光客が分散化され、引いてはオーバーツーリズムも幾分緩和されることになるかもしれません。
熊野古道をはじめとする成功例がすでにいくつもありますので、外国人旅行者に人気が出る訳がないからと諦めてしまわずに、異なる着眼点や角度から改めてコンテンツの魅力を見つめ直してみてることが大事ではないかと思います。
多言語での情報発信をすることで、日本のコンテンツの魅力がもっともっと海外の人たちに見つかって欲しいところです。
編集後記
最後に、筆者の個人的な意見とはなりますが、まだ海外に十分に魅力が伝わっていない日本のコンテンツは、温泉やSPAではないかと思っています。こちらもそもそも欧米はシャワーだけで湯ぶねに浸かる習慣がない、大勢でお風呂に入る習慣が皆無で、大衆浴場の概念がなく(一部を除く)、非常にハードルが高いとは思いますが、まさしく日本独特の文化体験ではありますし、こうしたまだまだ良さを知られていない日本のコンテンツが海外に見つかれば、年6,000万人も夢ではないのではないかと思います。